山村 和也

所属
前所属先 セレッソ大阪
背番号 28
ポジション MF
生年月日 1989年12月02日(32歳)
身長 / 体重 186cm / 80kg
出身地 長崎

山村 和也の情報

山村和也(やまむら かずや、1989年12月2日 - )は、長崎県長崎市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・川崎フロンターレ所属。ポジションはミッドフィールダー(ボランチ、トップ下)およびディフェンダー(センターバック)。元日本代表。

妻は女優の三村恭代。

来歴

プロ入り前
長崎市立桜が丘小学校3年でサッカーを始め、小学校6年時には全日本少年サッカー大会全国大会出場、国見中学校ではフォワード、ミッドフィールダーでプレー、国見高校でディフェンダーに転向した。高校2年時に第85回全国高等学校サッカー選手権大会に出場も1回戦敗退。高校3年時にU-18日本代表候補に選出されたのを皮切りに各年代の日本代表に選出される。

高校卒業後は流通経済大学へ進学し、2年時にはアジアカップカタール大会予選のイエメン戦で、福岡大学の永井謙佑と共に大学生としては18年ぶりのA代表に選出され、米本拓司とのダブルボランチとして先発出場。2010年5月、ワールドカップ南アフリカ大会に臨む日本代表のサポートメンバーに選出された。2010年11月には広州アジア競技大会の優勝に貢献した。

鹿島アントラーズ
2012年に鹿島アントラーズへ入団し、背番号「4」を背負った。大卒1年目でレギュラー番号を背負うのは、固定制番号になってからはクラブ史上初。2014年からは岩政大樹の退団によって激化したセンターバックのスタメン争いで昌子源、植田直通に敗れ、ベンチスタートが増えるようになる。2015年にはファン・ソッコの加入によってさらに出場機会が激減し、センターバックでの出場は無くなり、シーズン途中の石井正忠監督就任以降はボランチとして出場することが多くなった。シーズン終了後、出場機会を求めて同シーズン限りで鹿島を退団した。

セレッソ大阪
2016年、セレッソ大阪に完全移籍。ボランチとしてレギュラーに定着したが、夏の移籍期間に山口蛍が加入してポジション争いが激化した。その後は、スーパーサブとしてチームに貢献してJ1昇格に貢献した。

2017年、3月18日の第4節鳥栖戦ではトップ下にコンバートされ、決勝点となるゴールを決める活躍を見せた。4月8日、第6節の鹿島戦では古巣から得点を決めて勝利に貢献した。その後のリーグ戦ではトップ下を中心に、ボランチやフォワードでも起用されたほか、リードした試合終盤には度々守備固めとしてセンターバックに入る など重用され、最終的にはチーム2位の8得点を挙げる活躍を見せた。

川崎フロンターレ
2018年12月18日、川崎フロンターレへの移籍が発表された。9月15日、第26節のジュビロ磐田戦で移籍後初ゴールを決めた。11月9日、第31節の鹿島アントラーズ戦では古巣相手にゴールを決めて3連覇に望みをつなぐ得点を決めた。

代表

U-20日本代表、U-23日本代表、A代表では主にボランチとして起用されていた。

プレースタイル

鹿島ではセンターバックとしての起用が多かったが、2015年に石井監督の就任後は主にボランチとして起用されていた。空中戦に抜群の強さを見せる山村がボランチとしてハイボールを競ることでセンターバック二人はカバーに入ることができ、最終ラインが安定する。また、自身のストロングポイントは「ポゼッション」と語り、トラップ時のボールの位置がとても良いため、プレスをかけられても慌てることがなく、パスを出しやすい位置にトラップしているので、すぐに滑らかに次の動作に移れ、余裕があるので味方の動きが悪くてパスコースが制限されていても、ターンしてボールを取られない位置にキープし直す事が出来る。

視野も広く、鋭いクサビのボールを後方から供給する事が出来、ロングパスの精度も高い。さらに展開する横パスも、近い相手だけでなく、一つ先の相手に速いグラウンダーのパスを供給する事が出来る。186cmの長身から繰り出される高さも武器で観衆が唸るような圧倒的な高さをたびたび披露している。

ゲームメイクに関しては遠藤保仁のシンプルなプレーを見習っていると語る。運動量に関しても「もともと自信がある」と語っており、2015年9月12日の第2S第10節のG大阪戦に出場した際の走行距離は12.32kmを記録しリーグ全体で最も長い数値を叩きだした。「今まで日本にいなかったタイプの選手」と評されている。

人物

2012年1月に女優の三村恭代と結婚。

2013年に第1子の男児、2015年に第2子の女児が誕生。

2020年には第3子が生まれたが、わずか2ヶ月で亡くなっていたことを明かした。

引用元:wikipedia

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