所属 | セレッソ大阪 |
---|---|
前所属先 | 水戸ホーリーホック |
背番号 | 50 |
ポジション | GK |
生年月日 | 1985年09月10日(39歳) |
身長 / 体重 | 187cm / 72kg |
出身地 | 静岡 |
所属 | セレッソ大阪 |
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前所属先 | 水戸ホーリーホック |
背番号 | 50 |
ポジション | GK |
生年月日 | 1985年09月10日(39歳) |
身長 / 体重 | 187cm / 72kg |
出身地 | 静岡 |
松井 謙弥(まつい けんや、1985年9月10日 - )は、静岡県出身のプロサッカー選手。ポジションはゴールキーパー。
来歴
地元掛川のヤマハジュビロサッカースクール掛川からユースを経てジュビロ磐田トップチームに昇格した。U-18やU-22などの各世代別の日本代表では、同世代の西川周作、山本海人らとポジションを争っていたが、定位置確保にはいたらず。
ジュビロ磐田時代は、日本代表の正GKである川口能活と経験豊富な佐藤洋平が居り、ベンチ入り出来ない時期が続いたが、2006年は川口の代表招集による不在と佐藤の負傷による長期離脱があり、ナビスコカップでゴールマウスを守った。しかし、川口の壁は高く出場機会はほとんど得られなかった。
2009年は京都サンガF.C.に期限付き移籍したものの、正GK水谷雄一の負傷退場による途中出場1試合にとどまった。
2010年にセレッソ大阪へ完全移籍。同年、韓国代表にも選ばれるキム・ジンヒョンの控えに回ったが、キムが出場停止中の開幕2試合と負傷欠場中にゴールマウスを守った。リーグ戦自身最多の15試合に出場し、チームの3位に貢献した。その後もキムの控えを務めたが、以降出場機会はなかった。
2013年、徳島ヴォルティスへ期限付き移籍しレギュラーとしてJ1昇格に貢献し、2014年に完全移籍した。しかし、J1では長谷川徹の後塵を拝し、チームも1年でJ2に逆戻りとなった。
2015年1月6日、川崎フロンターレへ完全移籍が発表された。しかし、西部洋平・新井章太に次ぐ3番手となり出場機会はなく、11月30日に契約満了が発表された。
2016年1月6日、大宮アルディージャへ完全移籍が発表された。 当初は第3GK扱いだったが、2017年中盤に正GK加藤順大と第2GKだった塩田仁史を押しのけてポジションを奪取した。かに思われたが、インパクトを残せず再び加藤にポジションを明け渡した。2017年12月2日、契約満了により退団することが発表された。
12月29日、笠原昂史と入れ替わる形で水戸ホーリーホックへ完全移籍。 移籍後は、長年チームに君臨してきた本間幸司を抑えてポジションを確保。2020年シーズンは、最終節まで昇格争いを演じてチーム史上最高の7位躍進に大きく寄与した。 2020年12月21日、契約満了による退団が発表された。
2021年、古巣のセレッソ大阪へ9シーズンぶりの復帰。引用元:wikipedia
2021年2月3日