所属 | 横浜F・マリノス |
---|---|
前所属先 | 浦和レッズ |
背番号 | 45 |
ポジション | FW |
生年月日 | 1995年11月08日(29歳) |
身長 / 体重 | 180cm / 75kg |
出身地 | 埼玉 |
所属 | 横浜F・マリノス |
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前所属先 | 浦和レッズ |
背番号 | 45 |
ポジション | FW |
生年月日 | 1995年11月08日(29歳) |
身長 / 体重 | 180cm / 75kg |
出身地 | 埼玉 |
オナイウ 阿道(オナイウ あど、1995年11月8日 - )は、埼玉県児玉郡神川町出身のプロサッカー選手。Jリーグ・横浜F・マリノス所属。ポジションはフォワード。
来歴
プロ入り前
ナイジェリア人の父と日本人の母の間に生まれ、小学校2年生でサッカーを始めた。正智深谷高校では2年次に全国高校サッカー選手権に出場。3年時の全国高校総体では準々決勝・星稜高校戦で2得点2アシストの活躍をするなどチームを3位(ベスト4)に導き、大会優秀選手に選出された。
ジェフユナイテッド千葉
2014年より、ジェフユナイテッド千葉へ入団。同年はリーグ戦6試合に出場し、第31節・ギラヴァンツ北九州戦にてJ2初得点を挙げた。2015年は途中出場を中心に出場機会を33試合に伸ばし、3得点を挙げた。
2016年は後述のリオ五輪参加によりチームを離れた時期があり、リーグ戦出場こそ23試合と前年に比べ減少したものの、昨季の倍となる6得点を記録した。
浦和レッズ
2017年より浦和レッズへ完全移籍。6月22日の天皇杯2回戦・グルージャ盛岡戦で移籍後初得点を決めたものの、リーグ戦の出場機会は1試合の途中出場(7月9日・第18節アルビレックス新潟戦の後半39分からラファエル・シルバに替わって出場)のみであった。
レノファ山口FC
2018年、レノファ山口FCに期限付き移籍。開幕からセンターフォワードとしてレギュラーに定着し、2月・3月は田中パウロ淳一(岐阜)と並んで得点ランキングトップタイの5ゴールを記録。同月4勝2分1敗の成績に貢献し月間MVPを獲得した。5月20日の第15節・大分戦でシーズン前に監督・霜田正浩から課された目標の10ゴールに到達。その後は相手からの警戒・マークが厳しくなったり、リーグ戦14戦勝ち無しとチームが苦しんだ中でも、8月26日の第30節・大宮戦でプロ初のハットトリックを達成 するなど得点を積み上げ、最終的にリーグ戦全試合にスタメン出場を果たし、J2得点ランキング2位となる22得点をマーク。フル出場を続けた事で試合感覚を掴み、ブレイクを果たした。
大分トリニータ
複数クラブからオファーが届いた中で、一番熱心に話をしてくれた事、面白いサッカーをしていると感じた事を理由として、2019年よりJ1・大分トリニータに期限付き移籍。第7節・ベガルタ仙台戦でJ1初得点を記録した。8月10日、第22節のヴィッセル神戸戦で今季10点目を記録、その後は得点はあげられなかったもののチーム得点王となり、大分の躍進に貢献した。シーズン終了後、移籍期間満了により大分を退団。
横浜F・マリノス
2020年シーズン、大分退団後は移籍元の浦和へは復帰せず横浜F・マリノスへ完全移籍で加入。
日本代表
2014年にU-19日本代表として初の世代別代表に選出された。2015年から2016年にかけてはリオ五輪世代のU-23日本代表にも招集され、最終予選(AFC U-23選手権2016)では大会優勝に貢献した。
2016年のリオ五輪本戦では落選したが、鈴木武蔵が代表に追加登録されたことに伴い、バックアップメンバーとして追加登録された。
2019年11月、キリンチャレンジカップに臨む日本代表に初選出された。
人物
2018年11月30日、時期は明かされなかったが結婚したことを発表した。2019年7月10日に第一子となる長女が誕生した。引用元:wikipedia
2021年2月3日