興梠 慎三

所属
前所属先 鹿島アントラーズ
背番号 30
ポジション FW
生年月日 1986年07月31日(35歳)
身長 / 体重 175cm / 72kg
出身地 宮崎

興梠 慎三の情報

興梠 慎三(こうろき しんぞう、1986年7月31日 - )は、宮崎県宮崎市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・浦和レッズ所属。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。元日本代表。J1リーグ歴代通算得点ランキング3位(157得点)。

来歴

プロ入り前
小学生時代、第7回全日本少年フットサル大会に出場した経験がある。同じ少年チームにいた伊野波雅彦は当時の興梠について「ゴールを決めまくっている印象しかない」と語っており、宮崎県内では非常に有名なサッカー少年であった。

中学三年時に高校の一般入試に落ち、高校進学について悩んでいた頃、鵬翔高校の松崎博美監督からの誘いを受け、鵬翔高校へ入学する。

高校入学後サッカー部に入部するも、厳しい練習や上下関係に耐えられず、一時期部活に行かなかった時期がある。しかし、松崎監督の説得でサッカーを続け、1学年上の増田誓志とともに全国大会に出場した。

鹿島アントラーズ
高校時代から年代別代表に何度も招集され、鵬翔高校卒業と同時に鹿島アントラーズに入団。2007年J1第14節大分トリニータ戦でプロ初得点を挙げた。マルキーニョスと柳沢敦の欠場で出番が回ってきた第28節ヴィッセル神戸戦で2得点をあげるなど、この年は短い出場時間で貴重な得点を多く挙げた。

2008年は前年に退団した柳沢の背番号13を自ら希望して着用。序盤は前年同様スーパーサブとしての起用が目立ったが得点を重ねると田代有三が不調に陥った後半より完全にレギュラーに定着を果たし、J1連覇に貢献する。

2009年は開幕直後にメンバー外になるなど、苦しいスタートだったが途中出場した第3節サンフレッチェ広島、第4節京都サンガF.C.戦と2試合連続決勝点を終了間際に決めた。夏場以降14試合得点から見放されたが、指揮官オズワルド・オリヴェイラは興梠を起用し続けた。第30節ジェフユナイテッド千葉戦で3か月半ぶりの得点をあげると、大一番ガンバ大阪戦では後半に先制点と追加点をあげ、優勝へ大きく前進させる。そして最終節浦和レッズ戦では内田篤人のクロスに滑り込むように飛び込み決勝点を決め、鹿島を3連覇へと導いた。またこの年はリーグ戦では自己最多の12得点を記録した。

2012年頃になると大迫勇也が1トップとして起用されるようになったこともあり、本職ではないサイドハーフで出場することもあった。

浦和レッズ
2012年限りで鹿島との契約を満了。同シーズン、鹿島はリーグ戦終盤までJ1残留を決められず、興梠の慰留及び契約延長に出遅れた。その最中、浦和レッズから獲得のオファーを受け、完全移籍した。年間を通して1トップでプレーし、2009年に記録した自己最多得点を更新する13得点を挙げた。

2014年も李忠成の加入があったものの1トップを守り続けていたが、Jリーグカップ予選第2節大宮アルディージャ戦から李を1トップに、2シャドーに興梠と原口元気を組ませる新戦術で挑んだ。慣れないポジションでの起用だったが、監督のミハイロ・ペトロヴィッチの起用に応えた。J1第13節大宮戦からは1トップに戻った。優勝争いをするチーム内で最多の12得点を挙げていたが、第30節鹿島アントラーズ戦で右腓骨を骨折し戦線離脱を余儀なくされた。シーズン中の復帰は難しいと思われたが、20日の練習に部分参加。22日に行われた優勝を占う大一番となったJ1第32節ガンバ大阪戦にベンチ入りし、後半44分から出場した。しかし出場直後、相手選手と接触した際に患部を強打し怪我が悪化してしまい、再び離脱した。

2015年は首の故障などで序盤戦は欠場したが、復帰後は1stステージ15節で優勝を手繰り寄せる決勝ゴールを決めるなどコンスタントに結果を残した。2ndステージ12節で得点をあげ、鹿島アントラーズ時代を含めて4年連続二桁得点を達成した。

2016年10月9日、Jリーグカップの準決勝・FC東京戦では、2ndレグでプロになってから初のハットトリックを決めて代表組がいない中決勝進出に貢献した。10月22日、2ndステージ第15節のアルビレックス新潟戦では2得点を決めて勝利に貢献し、J1リーグ史上12人目となる通算100得点を達成した。

2017年4月7日、第6節のベガルタ仙台戦では今季初のハットトリックを決めた。5月12日、4月に行われた5試合のうち、5得点をあげて月間MVPを受賞した。5月20日、第12節の清水エスパルス戦で今季2度目のハットトリックを達成した。8月19日、第23節のFC東京戦では2得点を決めて、自己最高の今季15得点目を決めて得点ランキングでも首位に立った。10月22日、第30節のガンバ大阪戦で今季20得点目を決め、浦和の日本人選手として福田正博以来、2人目のシーズン20得点を決めた選手となった。

2018年4月1日、第5節のジュビロ磐田戦で、史上51人目となるJ1通算350試合出場を達成する。8月2日、第19節の川崎フロンターレ戦で得点を決め、史上3人目となる7年連続二桁得点を達成した。リーグ戦15得点を決め、小林悠と並び日本人得点王となった。

2019年4月28日、第9節の清水エスパルス戦で、アディショナルタイムの97分に得点を奪い、J1通算139得点目に到達し、三浦知良と並ぶ歴代得点ランキング6位タイとなった。同時にこのゴールは平成最後のJリーグ主幹試合での得点となった。6月15日、第15節のサガン鳥栖戦で、アディショナルタイムの93分に逆転ゴールを奪い、クラブ通算91ゴール目(J1通算)を達成し、福田正博と並ぶクラブ歴代得点ランキング1位タイを記録した。また、J1通算140得点目で、三浦知良を抜いて歴代得点ランキング単独6位になった。7月6日、第18節のベガルタ仙台戦で決勝ゴールを決めた。クラブ通算92ゴール(J1通算)を達成し、福田正博を抜きクラブ歴代得点ランキング1位となった。9月1日、第25節の湘南ベルマーレ戦で先制ゴールを奪い、史上初の8年連続二桁得点を達成した。この年のJ1リーグ、シュート決定率で1位となった。

2020年7月8日、第3節のベガルタ仙台戦で決勝点を決め、勝利に貢献した。また、この得点により、浦和でのJ1通算100得点を決めた初めての選手となった。9月9日、第15節のサガン鳥栖戦で同点ゴールを決めた。このゴールにより、史上6人目となるJ1通算150得点を達成した。12月16日、第33節の川崎フロンターレ戦で先制点となるPKを決め、Jリーグ史上初となる9シーズン連続二桁ゴールを達成した。

日本代表

2008年、日本代表にも招集され、2008年10月9日に東北電力ビッグスワンスタジアムで開催された国際親善試合(キリンチャレンジカップ)UAE戦で代表デビューを果たした。2015年7月、EAFF東アジアカップ2015に出場するサッカー日本代表メンバーに選出され、約4年ぶりの代表復帰となった。

2016年6月23日、リオデジャネイロオリンピックに出場するU-23サッカー日本代表のオーバーエイジ枠に内定したことが発表された。初戦のナイジェリア戦ではPKで得点を挙げた が、2戦目のコロンビア戦、3戦目のスウェーデン戦は試合には出場するも得点を挙げられず、チームはグループリーグ敗退となった。

エピソード

実家は「ローストチキン コオロギ」という宮崎県高千穂町原産のローストチキン店。2018年9月、東京都江東区砂町銀座に砂町銀座店を開店。2019年3月、埼玉県さいたま市浦和区に浦和店を開店、2020年10月に、同じく埼玉県さいたま市浦和区に北浦和店を開店。

ベガルタ仙台に対してめっぽう強く、ハットトリックを2度達成するなど2020年4月時点で20戦18ゴールを記録している。また清水エスパルスキラーとしても知られており、浦和移籍後から2020年9月現在、12試合で11ゴールを決めている。

J1リーグ記念ゴールを最多数記録している選手である。

AFCチャンピオンズリーグにおける、日本人最多試合出場数と最多得点記録の持ち主である。

引用元:wikipedia

興梠 慎三の記事

記事はまだありません。

浦和レッズの他の選手

藤原 優大

田中 達也

武藤 雄樹

トーマス デン

山中 亮輔

鈴木 彩艶

小泉 佳穂

伊藤 涼太郎

金子 大毅

汰木 康也

阿部 勇樹

宇賀神 友弥

同世代の同じポジションの選手

エンリク・ガジェゴ

城後 寿

渡邉 千真

カルロス・バッカ

岡崎慎司

ファビアン・オレジャナ

オリヴィエ・ジルー

ノリート

エディン・ジェコ

マリオ・マンジュキッチ

ビリー・シャープ

佐藤 晃大

他の選手(ランダム表示)

ルイスミ

デアンドレ・イェドリン

ドメニコ・クリッシト

ケナン・コドロ

カリム・オニシオ

ピエール・エメリク・オーバメヤン

フェデリコ・ディマルコ

コナー・コーディ

リッカルド・スコッティル

エルネスト・トレグロッサ

ヤニク・ハーバラー

アンドレアス・コルネリウス

2021年2月3日

-浦和レッズ
-