ディサロ 燦シルヴァーノ

所属
前所属先 ギラヴァンツ北九州
背番号 19
ポジション FW
生年月日 1996年04月02日(28歳)
身長 / 体重 175cm / 72kg
出身地 東京

ディサロ 燦シルヴァーノの情報

ディサロ 燦 シルヴァーノ(ディサロ あきら シルヴァーノ、1996年4月2日 - )は、東京都出身のサッカー選手。清水エスパルス所属。ポジションはFW(フォワード)。

母はシンガーソングライターのディサロ水城(小山水城)。イタリア人の父との間に生まれたハーフ。

来歴

プロ入り前
三菱養和ユースを経て法政大学に入学。サッカー部では3年次の2017年に総理大臣杯全日本大学サッカートーナメントで優勝。4年次の2018年に全日本大学選手権でも優勝を経験し、自身も大会MVPに選出される。

ギラヴァンツ北九州
2019年、ギラヴァンツ北九州へ加入。開幕戦、FC東京U-23戦で初先発を果たすと、前半10分にヘディングで先制ゴールを挙げる。その後怪我で3試合戦列を離れたが、第5節カターレ富山戦で途中出場から同点ゴールを決める。第12節から第18節にかけ、3試合連続ゴールを含む7試合で5得点と、シーズン中盤のチームの得点源として活躍する。しかしJ3リーグの中断期間明けの第21節以降は、9試合に出場したものの全て後半からの出場でノーゴールとなり、結局第18節までに挙げた7ゴールにとどまった。

2020年、第7節までは途中交替出場が続いたが、7月25日の第7節レノファ山口FC戦から8月19日の第13節大宮アルディージャ戦まで、欠場した第11節を除く出場6試合連続でゴールを決め、8月単月で6ゴール2アシストを挙げたことにより、同月のKONAMI月間MVPに選ばれた。前半戦は20試合出場で10ゴール、後半戦は怪我などで6試合を欠場したものの8ゴールを挙げ、年間18得点で、J2得点ランキングでピーター・ウタカに次ぐ2位、北九州では個人クラブ最多タイ記録となった。

清水エスパルス
2020年12月30日、清水エスパルスに完全移籍で加入した。

人物

小学校6年生の時に汎発性脱毛症を発症した。大学時代にはすでに改善されていたが、「これで知られているのでこれで行こうかなと思っています」と剃髪を続けているという。

インテル・ミラノ好きのインテリスタで、自身も高校時代までサッカー経験のあるイタリア人の父の影響で自身と弟もインテリスタとなり、小学校入学前からインテルの試合は欠かさず見ているとのこと。幼少期から「このお父さんとお母さんの言うように行動していたらうまく行く、成功する」と常に感じてきたので、反抗期もなかったという。夢は「インテルでプレーすること。レアルとかバルサでなく、インテルでやりたい」と述べている。インテルでプレー経験のある長友佑都とは、小学生時代にチームの練習場が長友が在学していた明治大学サッカー部の隣であったことや長友のFC東京加入後にも三菱養和でのイベントで会ったことがあるという。またインテルの練習場にも見に行っている。
「レレ」というニックネームは、シルヴァーノというイタリア名が長いため、短くて呼びやすいミドルネームのようなものがあったほうが良いと考えた両親がつけたもので、物心ついた時からそう呼ばれていた。

ゴールパフォーマンスは、右手の中指と薬指を交差させながら広げた手のひらで口を覆う仕草で、自ら「レレマスク」と称している。オランダ代表のステーフェン・ベルフワインのゴールパフォーマンスを参考にしたものだという。

引用元:wikipedia

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