河井 陽介

所属
前所属先 慶応大
背番号 17
ポジション MF
生年月日 1989年08月04日(33歳)
身長 / 体重 166cm / 60kg
出身地 静岡

河井 陽介の情報

河井 陽介(かわい ようすけ、1989年8月4日 - )は、Jリーグ・清水エスパルスに所属するプロサッカー選手。ポジションはMF。

妻は静岡朝日テレビ元アナウンサーの広瀬麻知子。

経歴

静岡県藤枝市出身。青島小1年の時に青島SSSでサッカーを始める。青島中時代は藤枝東FCに所属。高校は静岡の名門藤枝東高校に入学した。高校3年時に同期の村松大輔らとともに第86回全国高校サッカー選手権大会に出場、中心メンバーとして準優勝に貢献し、大会優秀選手にも選ばれた。しかし、決勝で大敗を喫した流経大柏の大前元紀との差を痛感した河井は「プロなんて考えなかった。まずは慶応に進学して、将来何をやるか考えようと思った」と、慶應義塾大学に指定校推薦で進学した。

大学入学後は1年時からレギュラーとして試合に出場。入部当時関東大学サッカーリーグ2部の同大学ソッカー部を1年で1部に復帰させるなど同期の田中奏一、黄大城、日高慶太らとともに中心選手として活躍。在学中にはU-20日本代表に選出され、全日本大学選抜には2年連続で選出されるなど、大学サッカー界を代表する選手となった。

2012年より、大学2年時から特別指定選手に登録されていた清水エスパルスに入団。リーグ開幕戦の名古屋グランパス戦でフル出場を果たすと、その後も先発出場を続け、リーグ戦32試合に出場した。主にインサイドハーフのポジションでの出場だったが、他のレギュラー選手の故障や出場停止時にはウイングやボランチ、サイドバックなど、数多くのポジションで出場した。

2013年より、背番号を10に変更した。2013年は主に左サイドハーフや左サイドバックとして32試合に出場し、チーム1位のアシスト数8を記録した。

2014年はデュッセルドルフからの復帰した大前との話し合いにより、背番号を再び17番に戻している。2014年は主に右サイドハーフや右サイドバックとして30試合に出場した。

2015年はサイドハーフやサイドバックとしても定位置をつかむことが出来ず、自己最少のリーグ戦13試合出場にとどまった。J2に降格した2016年はセンターハーフに戻りチーム最多タイの37試合に出場した。

2017年シーズンの開幕戦・神戸戦(アイスタ)で左アキレス腱断裂で全治6ヶ月の重傷を負い戦線離脱。シーズン終盤にチームに復帰した。

2018年シーズンは、センターハーフのポジションに固定され、竹内涼と(竹内が欠場した際は白崎凌兵と)コンビを組んだ。J1第3節・コンサドーレ札幌戦の後半22分、この試合3点目となる追加点を挙げた。河井のリーグ戦得点は、2016年3月6日のJ2第2節・V・ファーレン長崎戦、J1リーグでは、2014年4月26日のJ1第9節・ベガルタ仙台戦以来であった。

2019年シーズンは度重なるシステム変更やチームの成績不振に拠る監督の交代もあったなか、中心選手として出場を継続。5月にヘナト・アウグストがセンターハーフのポジションを掴んだ後はサイドハーフ、さらに7月末に北川航也がSKラピード・ウィーンに移籍してからはトップ下としての出場機会もあった。

引用元:wikipedia

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