所属 | アトレチコ・マドリッド |
---|---|
背番号 | 8 |
ポジション | MF |
生年月日 | 1994年11月21日(30歳) |
身長 / 体重 | 184cm / 76kg |
国籍 | スペイン |
所属 | アトレチコ・マドリッド |
---|---|
背番号 | 8 |
ポジション | MF |
生年月日 | 1994年11月21日(30歳) |
身長 / 体重 | 184cm / 76kg |
国籍 | スペイン |
サウール・ニゲス・エスクラペス(Saúl Ñíguez Esclápez, 1994年11月21日 - )は、スペインバレンシア州アリカンテ県エルチェ出身のプロサッカー選手。スペイン代表。アトレティコ・マドリード所属。ポジションはミッドフィールダー。
クラブ経歴
バレンシア州アリカンテ県エルチェで生まれ、11歳でレアル・マドリードの下部組織に入団するもいじめを受けたことを理由に退団し、12歳の時に同じ都市のライバルチームのアトレティコ・マドリードの下部組織へ移籍した。最初の得点は、 2011年4月10日のエストレマドゥーラUD戦で、チームは3-1で勝利した。
2008年夏、シーズン前にトップチームのトレーニングに参加。7月10日のCDArcángelとのプレシーズンマッチで2得点し、チームは19-1で勝利した。
2012年3月8日、17歳と108日間でトップチームの公式戦デビューを果たし、UEFAヨーロッパリーグでのベシクタシュJK戦で、最後の6分間プレーした。
2013年4月21日、リーガ・エスパニョーラのセビージャFC戦で2分間プレーし、リーグデビュー。チームは1-0で勝利した。
2013年7月21日、ラージョ・バジェカーノにレンタル移籍し、センターバックとしてプレーした。
2014-15シーズンにアトレティコへ復帰。スーペルコパ・デ・エスパーニャのレアル・マドリード戦に出場し、タイトル獲得に貢献した。
2015-16シーズンから、マリオ・スアレスの移籍と、ティアゴ・メンデスの負傷により、中盤の主力選手となった。2015年2月、UEFAチャンピオンズリーグ 2015-16ラウンド16のバイエル・レバークーゼン戦で、相手DFのキリアコス・パパドプーロスと交錯し、そのままピッチに倒れた。すぐに、病院へ緊急搬送され、血腫を伴う腎臓損傷と診断された。その後、 38日間で復帰した。2016年4月27日に行われた欧州CL準決勝1stレグのFCバイエルン・ミュンヘン戦では、ドリブル突破から決勝ゴールをあげる活躍を見せた。2017年4月のインタビューでは、ここ2年間、カテーテルをつけたままプレーをし、毎練習、毎試合、血尿を出しながらプレーをしていることを明かした。2016年5月18日、クラブとの契約を2021年6月まで延長した。
2017年7月1日に2026年までの9年契約を締結した。
2018-19、2019-20シーズンでは、層の薄い左サイドバックのバックアッパーとしても起用された。
代表経歴
2017年6月、UEFA U-21欧州選手権のメンバーに選出された。6月27日、U-21イタリア代表戦ではハットトリックを決めて決勝進出に貢献した。決勝ではU-21ドイツ代表に敗れたが、5得点をあげて得点王となった。
スペイン代表としては2016年5月17日、UEFA EURO 2016予選に挑む代表候補として初招集をされたが、最終登録メンバーからは落選した。その後、同年9月1日に行われたベルギー代表との国際親善試合で代表デビューを飾った。
人物
父はプリメーラでプレー経験のある元プロサッカー選手であり、CDアルコヤーノ所属のホナタン・ニゲスとCDテネリフェ所属のアーロン・ニゲスを兄に持つ。
2011年5月23日放送のWOWOWのドキュメンタリー番組『ノンフィクションW』で、「スペイン・世界王者の育成システム」という内容を扱った際、期待の若手選手として密着取材を受けた。引用元:wikipedia
2021年1月31日