廣永 遼太郎

所属
前所属先 サンフレッチェ広島
背番号 32
ポジション GK
生年月日 1990年01月09日(34歳)
身長 / 体重 186cm / 80kg
出身地 東京

廣永 遼太郎の情報

廣永 遼太郎(ひろなが りょうたろう、1990年1月9日 - )は、東京都西東京市出身のプロサッカー選手。ポジションはゴールキーパー(GK)。Jリーグ・ヴィッセル神戸所属。

来歴

4歳の時にサッカーを始める。 JACPA東京FCの先輩である中野遼太郎や吉本一謙に勧められ、中学からFC東京U-15に加入。以後、FC東京の下部組織で活躍。同期の田端信成とは激しいポジション争いを演じた。他の同期には大竹洋平、椋原健太、丸山祐市、岡田翔平、田中奏一、宮阪政樹、井澤惇、加藤淳也らがいた。

また、U-17ワールドカップを目指す日本代表では、吉田智志、原裕太郎、大畑拓也などとの争いを制し、一貫してレギュラーを確保。2006年のAFC U-17選手権準々決勝のイラン戦では、12人目までもつれたPK戦を 好セーブで乗り切り 同大会12年ぶりの優勝に貢献。翌2007年開催のU-17ワールドカップでは劣勢を凌ぎ切れず、グループリーグ敗退を喫した。

2008年より大竹、椋原と共にトップチームへ昇格を果たしたが、直後に横河武蔵野FC(現:東京武蔵野シティFC)に期限付き移籍をした。横河武蔵野の練習のない日にはFC東京の練習に参加し、FC東京公式ウェブサイト内の選手ダイアリーに執筆をするなど、両クラブの理解によりフレキシブルな形で1年を過ごし、経験値を高めた。

2009年FC東京に復帰。シーズン開幕前のキャンプでは、前年までの正GKだった塩田仁史の離脱などによって、主力組に抜擢されることもあったが、この好機を掴めず、リーグ戦3試合、カップ戦2試合にベンチ入りするに留まった。

同年8月よりJ2・ファジアーノ岡山に期限付き移籍。2010年J2第26節北九州戦でJリーグデビュー。期限付き移籍期間満了により同年限りで退団。

2011年よりFC東京へ復帰。2013年からは日本プロサッカー選手会支部長を担当。

2014年8月、カターレ富山へ期限付き移籍。同月24日のJ2第28節熊本戦で4年ぶりの公式戦出場を果たした。

2015年、サンフレッチェ広島へ完全移籍。 2017シーズン、開幕スタメンを飾り幸先のいいスタートを飾ったがインパクトを残せず最終的には第3GKとなった。

2021年、ヴィッセル神戸へ完全移籍。

引用元:wikipedia

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